毛皮の老舗 山岡毛皮店の歴史

モトマチ山岡毛皮店の歴史

明治元年創業 老舗の毛皮店

創業明治元年1868(明治元年)

 

東照宮に筆を納めていた山岡傳左衛門が慶応4年「王政復古の大号令」に新時代の到来を予感して

それまで捨てていた毛皮を服飾に仕立て、日光金谷ホテルで明治元年に開業。

日本最初の毛皮専門店 山岡毛皮店の歴史の幕開けとなる。


1913(大正2年)

 

二代目 山岡長七が横浜弁天通に開業する。

弁天通りは幕末から昭和初期まで本町通りと並ぶ関内の目抜き通りのひとつだった。

外国人相手の土産物屋(絹製品・美術工芸品等)が多く立ち並び、エキゾチックな雰囲気があった。


1917(大正6年)

 

東京・銀座に毛皮貿易及び卸・小売店開業。当時から銀座は日本を代表する繁華街であり下町だった。東京屈指の高級な商店街として、日本国外においても戦前よりフジヤマ、ゲイシャ、ミキモト、

赤坂などとともに知られる。「銀座」の名は一種のブランドになり全国各地の商店街には「○○銀座」と呼ばれる所がそこかしこに見受けられた。


1948(昭和23年)

 

横浜元町に、モトマチ山岡毛皮店を開業する。日本における毛皮専門店として初めてアトリエを

設立する。世界的に有名なオークション、レニングラード(現・ペテルブルク)に参加。

このオークションは世界の毛皮の相場を決めるといわれるほど、これを皮切りにニューヨーク、

ロンドン、モントリオール、フランクフルト、コペンハーゲン、オスロ、ヘルシンキと次々に、

世界のオークションに参加。

この三代目社長山岡鴻三は、品質を見る眼の確かさとその度胸から、世界のバイヤーから

「ミスターヤマオカ」「オークションのヤマオカ」と呼ばれるようになる。 


美智子様のミンクのストール

1959(昭和34年)

 

正田美智子様とご成婚。それは当時テレビで大々的に放映され全国民が注目した。

後にご婚約の日に美智子様がご実家を出られるときにお召しになっていたミンクのストールは

お母様とご一緒に弊社店舗にてご購入頂いたことを知ることとなる。

これをきっかけにミンクのストールは爆発的な人気商品となっていきます。


1970(昭和45年)

 

 玉川高島屋SCに出店。玉川高島屋は日本初の本格的な郊外型百貨店・通称タマタカとして成功する。また現在でも高島屋の旗艦店舗である、横浜高島屋に出店する。


1972(昭和47年)

 

株式会社に法人化し、各店舗のネットワークを強化。

世界ではニクソン米大統領、スペースシャトル計画開発を発令。アメリカから日本へ沖縄返還、沖縄県発足。日本では田中角栄通産相が「日本列島改造論」発表。札幌市、川崎市、福岡市が政令指定都市に指定。横浜市営地下鉄ブルーラインが開業。好景気に向かっていた。


 1974(昭和49年)

 

時代と共に洗練された価値のある本物を合言葉に、第一回山岡オリジナルファッションショーをホテルニューオータニにて開催。以降毎年開催し、2007年までに35回目を数える。

写真は第一回目に行なわれた際のもの。


2002(平成14年)

 

元町店開店55周年記念式典開催(ホテルニューオータニ)2003年で創業135年を迎えた。

モトマチ山岡毛皮店の四代目社長 山岡冨美江は、JFA(社団法人 日本毛皮協会) 最高顧問へ就任。

毛皮を通した社会貢献を目指すと決意を新たにする。


2009(平成21年)

 

四代目社長より五代目社長 山岡厚志へバトンは受け継がれ、同横浜元町仲通り・複合施設元町プラザ内へ店舗を移転。アトリエと隣接することで業務の効率化を図った。2015年現在に至る。